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 韋莊《天仙子五首 其五》

 

 

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花間集 訳注解説 巻三-12 (127)回目韋莊二十五首《天仙子五首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8330

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の五;出会う人が誰もが美人と認める女性と好きあったが、天子のもとに召されたが、やがて寵愛を失い、後宮から解放されて、道教に出家したことを詠う)

金は衣裳にもちいて激的に豪華になり、 玉は身体につけ、優雅になるためにおくられる、それをみにつけて似合う、女性の眼は、秋の澄み切った水のように黒く、髪型は雲のように高く結われる。雲霞で以って裙と為し,明月が肩を披うたれ帛と為る仙女といわれるほどの美女の妃嬪で、出掛ければ、人々が一目見ようと集まり、取り囲んでほめそやしたものだ。それでも、寵愛を失えば、出家を願い出てこの祠の洞口にきた、それは別々に住むことを望んだからで、寵愛を失えば劉郎と阮郎のように別れ去る男は帰って来ることはないこととおなじだし、あれだけ華やかだった春の日だって暮れてゆくものであるからだ。

 

 

 

 

 

花間集 巻三

 

 

 

 

 

天仙子五首其一

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知。

 

天仙子五首其二

深夜歸來長酩酊,扶入流蘇猶未醒。

醺醺酒氣麝蘭和,驚睡覺,笑呵呵,長道人生能幾何。

 

天仙子五首其三

蟾彩霜華夜不分,天外鴻聲枕上聞,繡衾香冷嬾重熏。

人寂寂,葉紛紛,才睡依前夢見君。

 

天仙子五首其四

夢覺雲屏依舊空,杜鵑聲咽隔簾櫳,玉郎薄倖去無蹤。

一日日,恨重重,淚界蓮腮兩線紅。

 

天仙子五首其五

金似衣裳玉似身,眼如秋水鬢如雲,霞裙月帔一羣羣。

來洞口,望煙分,劉阮不歸春日曛。

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《天仙子五首其五》韋莊

 

 

花間集 訳注解説 巻三-12天仙子五首其五

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8330

 

 

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42. 宮人の解放

    ――― 天仙子五首 其五 に関する参考 ―――

唐朝後宮の宮人の数はたいへん多かったが、それでも、宮人の採用は止むことはなかったので、後宮では恨みつらみが積もり、また民間でも不満が生れた。それで宮人問題は社会と朝廷の注目をあびることになった。どの皇帝の時代にも、この悪政を批判し、宮人たちが家族や恋人と離別させられる恨みや苦しみに同情して、彼女たちを放ち帰らせるようにと皇帝に願い出る人がいた。

 

皇帝たちは、自分が徳政を実施し、歌舞音曲や女人を好まない振りをするために、また時には純粋に宮廷費用を節約するために、あるいはまた、後宮に怨恨が満ち溢れたせいで、災難にあって「天罰」を受けることを恐れるために、しばしば詔勅を発して宮人を解放した。唐朝では高祖より後、ほとんどの皇帝が宮人を解放したという記録がある。多い時には三千人、少ない時でも数百人であった。

 

これら宮人は宮中を出てから家のある者は家に帰り、嫁に行くことも可能だった。老いて病いのある者、身寄りのない者などは寺院や道観(道教の寺院)に送って収容し、時々少しばかりの金品を支給し生活の用とした(『全唐文』巻四二、粛宗「宮人を放つ詔」)。これは唐朝の皇帝のわずかばかりの仁政ということができる。しかし解放したといっても、宮人の数はいぜんとして相当なもので、唐末でも相変らず「六宮の貴・職の女性は一万人を減らない」という状況であった。

 

その理由は、もともと解放された女性が多くない上に、絶えず新人が選抜されて入って来たので、根本的な問題の解決にはならなかったからである。そしてまた、解放された宮人の大多数は年を取り病弱であって役に立たず、彼女たちの青春はすでに深宮の中に葬り去られていたので、後宮を出でも寄る辺なく、晩年の境遇はじつに哀れで寂しいものであった。これと同時に青春の輝きの絶頂にある乙女たちが次々と絶えることなく後宮に送り込まれ、その紅顔が衰え、青春が空しく費やされるのを待つのであった。だからこの種の仁政の意義などというものは、本当に取るに足りないものだったのである。

 

 韋荘108《巻3-08 天仙子五首 其一》

天仙子五首其一

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の一:去年の春の行楽で美男子と楽しく過ごし、その後も、逢瀬を約束したのに、それっきりになり、今年も行楽の季節となり、同じように、貴族の遊侠好色男に弄ばれる若い女が多いことだろうと詠う。)

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

前回の逢瀬で約束した次の逢瀬は約束を守ってもらえず今では、うらむ気持ちをもってこの夢の中で逢瀬を見る事は恨み痛んで、後宮を出て行楽を楽しんだ方を望む。そこには春の花を見るのであり、観賞しても語りかけるきにもならないし、尋ねることも、思いをうちあけることも苦しい。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知

なぜなら、そこには、桃の花は露に濡れ、花は小さい細い枝に咲いていて、若い美人と美男子が行楽していて、美人は雲型の鬢を垂らして艶めかしい。そしてそこには、春に起きた好色の気持ちの者ばかりがいて、「宋玉」のように、好色男だということは分かっていても流されてしまうというものだ。

(天仙子【てんせんし】五首 其の一)

惆望【ちょうぼう】す 前回 夢裏の期を、花を看るも語らず 尋ねること思うことを苦しむを。

桃を露し 花裏は小腰肢、眉眼は細やかなり、鬢雲は垂して、唯だ 多情有り 「宋玉の知」ことを。

 

天仙子五首其二

深夜歸來長酩酊,扶入流蘇猶未醒。

幔幕に流蘇の房が付いている高貴な宴席に、酔っていたから、高貴な婦人に助けられて入っていったのだが、しばらくたってもやっぱりまだ酔いがさめてはいない、結局、深夜になって帰って来た随分長い時間飲んだので、酩酊状態にあって、なかなか醒めない。

醺醺酒氣麝蘭和,驚睡覺,笑呵呵,長道人生能幾何。

酔えば酔うほどってにこにこしている状態は続いていて、それでもさらに酒を呑んで、酒のにおいに、蘭の香りや麝香の香りが和んでたのしむものである。少しうとうとして、驚いて眠りから覚める、次に大声で声高らかに笑い始めればよい。そして、もうながいこと言われてきた「人生百年、それがどれほどのものか。」だからいまのこの時を愉しまないでどうするのか。

(天仙子【てんせんし】 其の二)

深夜 歸り来たりて長く酩酊【めいてい】し、流蘇【りゅうそ】に扶けられて入るも 猶お未だ醒めず。

醺醺【くんくん】たる酒気、麝蘭【じゃらん】と和し、驚いて睡りより覚むれば、呵呵【かか】と笑い、長【さか】んに道【い】ふ「人生能く幾何ぞ」と。

 

-32韋荘110《巻3-10 天仙子五首 其三》

天仙子五首其三

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の三:孤独と退屈を紛らわす毎日である、時に秋の夜長を過す寵愛を失った日日のことを詠う。

蟾彩霜華夜不分,天外鴻聲枕上聞,繡衾香冷嬾重熏。

秋も深まり、空は澄んで月の蟾蜍も嫦娥もあかるく、そして庭に置く霜は霜の花がさいているのか、月の明かりに照らされた花なのか見分けがつかない、大空を飛んで南に帰って行く大鳥が鳴聲があり、妃嬪の枕元には蟋蟀の声をきいている。錦の豪華な夜具の中に一人寝て、香が燃え尽きてもふたたび香を焚く事はさむいし、面倒なので動く気がしない。

人寂寂,葉紛紛,才睡依前夢見君。

やがて蟋蟀も鳴きやみ、御殿の閨には寂しさと静けさが入り、庭の木の葉に風に吹かれて地面を揺れ動く音だけが聞える。たとえわずかの眠りでも、以前、寵愛を受けた愉しかった思い出を夢見たいと思うのに寝付けない。

(天仙子【てんせんし】 其の三)

蟾は彩し 霜華【そうか】 夜 分たず、天外 鴻聾【こうせい】 枕上【ちんじょう】に聞き、綉衾【しゅうきん】 香 冷ゆるも、重ねて燻ずるに懶【ものう】し。

人 寂寂、葉 紛粉、纔睡【さんすい】 依前のこと 君を夢見ん。

 

(改訂版)-33韋荘111《巻3-11 天仙子五首 其四》

天仙子五首其四

(寵愛を受けたころの迹片を残して、毎日寵愛を受けるべく準備をする、又春を過ぎようとしているが夢がかなうことはない、縁起を担いだ跡形も消えかけ、毎日泣き腫らすと詠う。)

夢覺雲屏依舊空,杜鵑聲咽隔簾櫳,玉郎薄倖去無蹤。

あの寵愛を受けた日々は夢だったのだろうか、現実に引き戻らされると、そこには、雲母を散らした屏風は壁に寄せ、寝牀は相い変わらず空しいものである。今年ももう、春は過ぎて、すだれを隔て、垣根を隔てて、ほととぎすの啼く声が、悲しくむせぶようにきこえてくる。美しい顔立ちのあのお方は薄情もので、ここを去って行ったけれど、又帰って来ることを思ってそのままにしていたけれど、その跡形もなくなってしまうほど時は絶ってしまった。

一日日,恨重重,淚界蓮腮兩線紅。

寵愛を受けることを思い続けて一日、また一日、先のこと考えず活きる。確かにそこに、恨みも、一つ、また一つと重なってゆく、化粧も毎日し直すけれど、涙がこぼれ、眼の淵にはレンゲの花の顎様に残り、両の頬紅を落した涕の痕は蓮華の花の茎の様になる。そしてまた次の日も繰り返す。

(天仙子【てんせんし】五首 其の四)

夢は覚め 雲屏は舊に依りて空し、杜鵑【とけん】聲咽【むせ】びて 簾墻【れんしょう】を隔ち、玉郎は薄幸 去って 蹤無し。

一日【いつじつ】に日【じつ】、恨みは重ねて重ぬ、涙は蓮腮【れんさい】に界し 両たながらの紅に線とす。

 

紅梅003
 

(改訂版)-34韋荘112《巻3-12 天仙子五首 其五》 

天仙子五首其五

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の五;出会う人が誰もが美人と認める女性と好きあったが、天子のもとに召されたが、やがて寵愛を失い、後宮から解放されて、道教に出家したことを詠う)

金似衣裳玉似身,眼如秋水鬢如雲,霞裙月帔一羣羣。

金は衣裳にもちいて激的に豪華になり、 玉は身体につけ、優雅になるためにおくられる、それをみにつけて似合う、女性の眼は、秋の澄み切った水のように黒く、髪型は雲のように高く結われる。雲霞で以って裙と為し,明月が肩を披うたれ帛と為る仙女といわれるほどの美女の妃嬪で、出掛ければ、人々が一目見ようと集まり、取り囲んでほめそやしたものだ。

來洞口,望煙分,劉阮不歸春日曛。

それでも、寵愛を失えば、出家を願い出てこの祠の洞口にきた、それは別々に住むことを望んだからで、寵愛を失えば劉郎と阮郎のように別れ去る男は帰って来ることはないこととおなじだし、あれだけ華やかだった春の日だって暮れてゆくものであるからだ。

(天仙子【てんせんし】五首 其の五)

金 衣裳に似【もち】い 玉は身に似【あ】い、眼は秋水の如く 鬢は雲の如し、霞は裙となし、月は帔となせば 一に羣羣たり。

洞口に来たりて、煙の分かるるを望めば、劉・阮 歸らず 春日 曛【くら】し。


-34韋荘112《巻3-12 天仙子五首 其五》
『天仙子 其五』 現代語訳と訳註

(本文)

天仙子五首其五----112

金似衣裳玉似身,眼如秋水鬢如雲,霞裙月帔一羣羣。

來洞口,望煙分,劉阮不歸春日曛。

 

(下し文)

(天仙子【てんせんし】五首 其の五)

金 衣裳に似【もち】い 玉は身に似【あ】い、眼は秋水の如く 鬢は雲の如し、霞は裙となし、月は帔となせば 一に羣羣たり。

洞口に来たりて、煙の分かるるを望めば、劉・阮 歸らず 春日 曛【くら】し。

 

(現代語訳)

(天にある仙郷にいる人の詩。 其の五;出会う人が誰もが美人と認める女性と好きあったが、天子のもとに召されたが、やがて寵愛を失い、後宮から解放されて、道教に出家したことを詠う)

金は衣裳にもちいて激的に豪華になり、 玉は身体につけ、優雅になるためにおくられる、それをみにつけて似合う、女性の眼は、秋の澄み切った水のように黒く、髪型は雲のように高く結われる。雲霞で以って裙と為し,明月が肩を披うたれ帛と為る仙女といわれるほどの美女の妃嬪で、出掛ければ、人々が一目見ようと集まり、取り囲んでほめそやしたものだ。

それでも、寵愛を失えば、出家を願い出てこの祠の洞口にきた、それは別々に住むことを望んだからで、寵愛を失えば劉郎と阮郎のように別れ去る男は帰って来ることはないこととおなじだし、あれだけ華やかだった春の日だって暮れてゆくものであるからだ。

 

 紅梅004

(訳注)  (改訂版)-34韋荘112《巻3-12 天仙子五首 其五》

天仙子五首 其五 ----112

43.(天にある仙郷にいる人の詩。 其の五;出会う人が誰もが美人と認める女性と好きあったが、天子のもとに召されたが、やがて寵愛を失い、後宮から解放されて、道教に出家したことを詠う)

44. 【解説】天子の寵愛を受ける年齢は1520(25)歳くらいで20歳を過ぎれば、孤独との戦い。出家することを願い出て認められることはあった。ただ、此処でも、一般の若くて美人の女性ならば、アイドルとして騒がれることはあった(韓愈《華山女》)が天子の寵愛を受けたものは、ひっそりと過ごすことが義務つけられた。当時の道教の道観、仏教の寺院には男に棄てられたり、年齢を重ねて客が着かない女性の駆け込み場所となって、売春で余生を過ごした。そうした女性を男の視線から詠ったものである。李商隠『聖女祠』『重過聖女祠』にこの女性たちについて詠っている。

聖女詞 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 99

45.【構成】『花間集』には韋莊の作が五首収められている。単調三十四字、六句五平韻で、⑦⑦⑦3③⑦の詞形をとる。

(改訂版)-30韋荘108《巻3-08 天仙子五首 其一

悵望前回夢裏  看花不語苦尋
露桃花裏小腰  眉眼細 鬢雲  唯有多情宋玉

  
     

(改訂版)-31韋荘109《巻3-09 天仙子五首 其二》単調三十四字、六句五仄韻で、❼❼❼3❸❼の詞形をとる。

深夜歸來長酩,扶入流蘇猶未

醺醺酒氣麝蘭,驚睡覺,笑呵,長道人生能幾

  

    

(改訂版)-32韋荘110《巻3-10 天仙子五首 其三》 単調三十四字、六句五平韻で、⑦⑦⑦3③⑦の詞形をとる。

蟾彩霜華夜不  天外鴻聲枕上 繡衾香冷嬾重

人寂寂 葉紛  才睡依前夢見

   

   

(改訂版)-33韋荘111《巻3-11 天仙子五首 其四》

夢覺雲屏依舊  杜鵑聲咽隔簾櫳 玉郎薄倖去無

一日日 恨重  淚界蓮腮兩線

   

   

(改訂版)-34韋荘112《巻3-12 天仙子五首 其五》

金似衣裳玉似  眼如秋水鬢如雲 霞裙月帔一羣

來洞口 望煙  劉阮不歸春日

   

   

紅梅002

 

金似衣裳玉似身、眼如秋水鬢如雲、霞裙月帔一羣羣。

金は衣裳にもちいて激的に豪華になり、 玉は身体につけ、優雅になるためにおくられる、それをみにつけて似合う、女性の眼は、秋の澄み切った水のように黒く、髪型は雲のように高く結われる。雲霞で以って裙と為し,明月が肩を披うたれ帛と為る仙女といわれるほどの美女の妃嬪で、出掛ければ、人々が一目見ようと集まり、取り囲んでほめそやしたものだ。

46. ・霞裙月帔 以雲霞為裙,明月為披肩。借指仙女或美女。

47. ・霞裙 霞のようにうつくしい裳裾(もすそ)

48. ・月帔 天女の肩掛け。羽衣。帔:たれ古代、女性が外出するさい、笠の四方に垂れて身を隠したもの。 古代の女性の刺繍つきの肩掛け.

・羣羣  むれ。ひとかたまりになったあつまり。また、なかま。みうち。もろもろ。。 まるく円陣をなして集まる。仲間たちが一つ所に集まる。

《鄭箋》孔羣,言和調也。 又緹羣,山名。《後漢·五行志》出門,望緹羣。 又羣羣。《李嘉祐詩》荻花寒漫漫,鷗鳥暮羣羣。

 

來洞口、望煙分、劉阮不歸春日曛。

それでも、寵愛を失えば、出家を願い出てこの祠の洞口にきた、それは別々に住むことを望んだからで、寵愛を失えば劉郎と阮郎のように別れ去る男は帰って来ることはないこととおなじだし、あれだけ華やかだった春の日だって暮れてゆくものであるからだ。

49. ・洞口 木の内部にできた洞窟状の空間。うろ。  木の洞。洞庭湖の口。壁に穴のように空けた入口。

50. ・煙分 食事を準備するための煙を分ける、別々の生活、別居を意味する。お香の煙が別れることを望む、別離すること。

31. ・劉阮 劉郎と阮郎 阮郎、劉郎は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指す。○劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉郎は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。

・劉阮 竹林の七賢の劉伶と阮籍のこと。 3世紀の中国・魏(三国時代)の時代末期に、酒を飲んだり清談を行なったりと交遊した、下記の七人の称。「阮籍」、「嵆康」、「山濤」、「劉伶」、「阮咸」、「向秀」、「王戎」である。

阮籍が指導的存在である。その自由奔放な言動は『世説新語』に記されており、後世の人々から敬愛されている。七人が一堂に会したことはないらしく、4世紀頃からそう呼ばれるようになったとされる。隠者と言われることがあるが、多くは役職についており、特に山濤と王戎は宰相格の高官に登っている。

・劉伶 (221? - 300?)は、竹林の七賢の一人。字は伯倫。三国時代の魏および西晋の文人。沛国の人。世説新語によると、身長が約140cmと低く、手押し車に乗り、スコップを携えた下男を連れて、自分が死んだらそこに埋めろ、と言っていた。酒浸りで、素っ裸でいることもあった。ある人がそれをとがめたのに答えて言った。私は、天地を家、部屋をふんどしと思っている。君らはどうして私のふんどしの中に入り込むのだ。また酒浸りなので、妻が心配して意見したところ、自分では断酒できないので、神様にお願いすると言って、酒と肉を用意させた。そして祝詞をあげて、女の言うことなど聞かない、と言って肉を食って酒を飲んで酔っぱらった。

・阮籍 魏の詩人。老荘哲学者としても特異な存在であった。字は嗣宗。陳留(河南省)の人。嵆康とともに〈竹林の七賢〉の中心的な存在で,常識の意表をつく奇矯な発言と奔放な態度で世人を驚かせたが,その裏には社会の偽善や退廃に対する逆説的な批判精神がこめられていた。司馬氏の簒奪が進められる魏末の恐怖政治下にあって,目覚めた意識を持つ者としての苦悩をつぶさになめながら,韜晦【とうかい】した生きかたを貫き通した。

32. ・曛 残照,日没時の淡い光り曛黄たそがれ.

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