花間集 訳注解説 巻三-07 (122)回目韋相莊二十五首河傳三首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8300

韋莊 河傳三首其三

 

201737

の紀頌之5つの校注Blog

 

  総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-062-#2卷168_34 贈崔侍御(卷九(一)六五一)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8297

LiveDoo

rBlog

744年-集09字解集 a古風五十九首之三十七,b豳歌行,c題東谿公幽居,d贈韋祕書子Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8274

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-33 全唐詩339_ 5 #2贈崔立之評事 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8298

LiveDoo

rBlog

806年-集07- 【字解集】・a. 豐陵行 ・b. 遊青龍寺贈崔大補闕  Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8287

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-77#1 甘林#1 杜詩詳注(卷一九(四)一六六七)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8305

LiveDoo

rBlog

767年-集-6 【字解集】 ・a.又上後園山 ・b.奉送王信州崟北歸 杜詩詳注()Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8300

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻三-07 (122)回目韋相莊二十五首河傳三首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8300 (03/07)

  fc2

Blog

花間-010字解集115)回目韋莊a應天長/b.荷葉盃/c.清平樂四首/d.行/ 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8252 (02/29)

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-041§3 古詩 爲焦仲卿妻作§3-#3〔無名氏〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻一ブログ 8301

LiveDoo

rBlog

玉集-09 定情詩一首 【字解集】漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8241

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

漢詩総合サイト 07ch

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

文選

古詩源

花間集案内

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/

花間集 訳注解説 巻三-07 (122)回目韋相莊二十五首河傳三首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8300

(錦江のほとり望江樓に官妓として詩を作り、恋愛をした逸話から 其の三;海棠の花いっぱいの錦江のほとりに薛濤は春の歌を多くの詩人たちと和した、高官の男たちは、やがて去っていったが、官妓の薛濤は、いつまでも望江樓で春を詠った

錦江の流れ淵の畔、海棠の花いっぱいの春に魅せられた女がいたが、それは刺繍の衣に金の糸にかざられ、霧が薄くかかり、雲淡くうかぶ官妓の望江樓にいたのだ。蜀の春は海棠の花が盛り、花影を作ると、官柳は濃く繁ってくる、春の時節はまさに清明の節句にふさわしい景色となる、細雨に柳が色濃くして、久しぶりにはじめて晴れてきた。久しぶりに晴れてくれば、玉飾りのある鞭を手にした彼の人が所用でいない魂が霞がたちこめる路をすすんで行って断えてしまったことが思いだし、そんななか、春が終わろうとするのに、こちらの鶯とあちらのうぐいすが囀りを交わしている。とおく東の空を見渡せば巫山辺りには今日も雨降りつづいている。どんなに薫り高い花も散ってしまって塵になるものであり、隠れたり、華やかに照らされたりするものである、この街の南の遙かさきに翠の手すり、朱の高殿があり、そこには黛にも眉にも愁いをおびた官妓はいるのだ。

 

 

 

 

 

花間集 巻三

 

 

 

 

 

河傳三首

河傳其一

何處?煙雨,隋堤春暮,柳色蔥籠。

畫橈金縷,翠旗高颭香風,水光融。

青娥殿春妝媚,輕雲裏,綽約司花妓。

江都宮闕,清淮月映迷樓,古今愁。

 

河傳其二

春晚,風暖,錦城花滿,狂殺遊人。

玉鞭金勒,尋勝馳驟輕塵,惜良晨。

翠娥爭勸邛酒,纖纖手,拂面垂絲柳。

歸時煙裏,鐘鼓正是黃昏,暗銷魂。

 

河傳其三

錦浦,春女,繡衣金縷,霧薄雲輕。

花深柳暗,時節正是清明,雨初晴。

玉鞭魂斷煙霞路,鶯鶯語,一望巫山雨。

香塵隱映,遙見翠檻紅摟,黛眉愁。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河傳』十八首

 

 

溫助教庭筠

2-09

(改訂版)河傳三首其一

曉妝仙,仙景箇

 

 

2-10

(改訂版)河傳三首其二

雨蕭蕭,煙浦花

 

 

2-11

(改訂版)河傳三首其三

杏花稀,夢裡每

 

 

韋相莊

巻三-07

河傳三首 其一

何處,煙雨,隋堤

 

 

巻三-08

河傳三首 其二

春晚,風暖,錦城

 

 

巻三-09

河傳三首 其三

錦浦,春女,繡衣

 

 

張舍人泌

巻五

河傳 二首之一

渺莽雲水,惆悵暮

 

 

巻五

河傳 二首之二

紅杏,交枝相映,

 

 

顧太尉

巻七

河傳三首 其一

鷰颺,晴景。小

 

 

巻七

河傳三首 其二

曲檻,春晚。

 

 

巻七

河傳三首 其三

棹舉,舟去,波光

 

 

孫少監光憲

巻七

河傳四首(1

太平天子,等閑遊

 

 

巻七

河傳四首(2

柳拖金縷,着煙籠

 

 

巻七

河傳四首(3

花落,煙薄,謝家

 

 

巻七

河傳四首(4

風颭,波斂。

 

 

閻處士選

巻九

河傳一首

秋雨,秋雨,

 

 

李秀才珣

巻十

河傳二首其一

朝雲暮雨,依舊

 

 

巻十

河傳二首其二

落花深處,啼鳥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲《河傳三首其三》韋莊

 

 

花間集 訳注解説 巻三-07河傳三首其三

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8300

 

 

河傳三首 其一

(河を題材にした悲しい逸話 其の一:運河建設が人民に負担を強いたものであり、隋末の反乱の原因となった隋堤、現実から逃避して酒色にふける生活を送った「迷楼」を訪れての懐古の情を詠う。)

何處?煙雨,隋堤春暮,柳色蔥籠。

この運河を作るために妓優や、機織りの女たちまでも土を掘り、土を運んだがその女たちの迹は何処にあるのだろうか?春雨が柳並木に降り煙霧がかかって、京杭大運河の隋堤も春は暮れゆこうとしていて、青々と柳の葉が茂る。

畫橈金縷,翠旗高颭香風,水光融。

その時煬帝は、自ら龍船に乗って行幸し、絵塗りの擢などの船具には黄金の糸の房飾りがあり、高く掲げた翠の旗は香しき風にはためいていて、水面に映る光を和らぎ溶けこませたという。

青娥殿春妝媚,輕雲裏,綽約司花妓。

その日のために、五百人もの船牽く乙女を「殿女」とよび、艶やかな薄絹の春の粧装をさせてその堤に侍らせ、それを後宮から軽やかな雲がかかるように隋堤に並ばせ、そして献上された迎輦花をうで一杯に持たせた麗しい司花宮妓、女官が居並べさせた。

江都宮闕,清淮月映迷樓,古今愁。

煬帝は反乱の鎮圧に努める江都揚州に宮殿を立てて、現実から逃避して酒色にふける生活を送り、ついに、帝星が勢いを失い傍らにあった大星が妖しげな光を放っているを見るに至った、その江淮地帯の清い月影は今もなお「迷楼」と名付けられた宮殿を照らしている。そして、煬帝の遺跡、江都宮闕、迷樓、運河の柳並木は人々を愁いに誘うのである。

(河傳【かでん】其の一)

何處【いずこか】ぞ?煙雨ある,隋堤 春の暮,柳色 蔥籠【そうろう】たり。

畫橈【がとう】金縷【きんる】,翠旗 香風に高く颭【はた】めき,水光 融【やわら】ぐ。

青娥【せいが】殿【でんきゃく】に春妝【しゅんしょう】して媚【なまめ】かしく,輕雲の裏【うち】,綽約【しゃくやく】たる司花の妓。

江都の宮闕【きゅうけつ】,清淮【せいわい】の月 迷樓に映え,古今 愁うなり。 

 

河傳三首其二

(錦江のほとり錦官城を題材にした恋愛の逸話 其の一:成都は古い蜀の都で、貴族の長い歴史があり、我が物顔で飲み歩く遊侠の司馬相如の様な貴公子の若者と卓文君のような娼妓について詠う。)

春晚,風暖,錦城花滿,狂殺遊人。

春も終わりごろになるともう風も暖かく、成都錦官城には花が満ち溢れていて、行楽している人や風流な人をそんな春はおぼれさせてしまう。

玉鞭金勒,尋勝馳驟輕塵,惜良晨。

天帝の使う立派な乗馬用のむちに金で飾った勒、好き勝手に馬を駆って早馬で蒙塵を発てて行く貴公子がいて、夜中まで騒いで、よい朝が来ても、もう少し夜が長ければとおしんでいる。

翠娥爭勸邛酒,纖纖手,拂面垂絲柳。

そこには黒髪の美しい芸妓が卓文君のように争って、お酒を進めてくれ、その手はか細くてかわいい、時折垂れてくる髪を拂うのは柳の枝が垂れているのを拂う感じなのだ。

歸時煙裏,鐘鼓正是黃昏,暗銷魂。

帰るころには夕靄が広がって、まさに夕方の時を告げる鐘と鼓の音が聞こえてきて暮れてゆく。そして、また、暗くなれば、我を忘れさせ、飲み始めているのだ。

 

(河傳 其の二)

春の晚,風暖かなり,錦城 花滿ちて,遊人を狂殺す。

玉鞭 金勒,勝を尋ねて 輕塵を馳驟【ちしゅう】し,良晨【りょうしん】を惜む。

翠娥 勸めて邛酒を爭う,纖纖たる手,面を拂う 垂絲の柳。

歸時 煙の裏,鐘鼓 正に是れ黃昏なり,銷魂に暗れる。

 

河傳三首其三

錦浦,春女,繡衣金縷,霧薄雲輕。

錦江の流れ淵の畔、海棠の花いっぱいの春に魅せられた女がいたが、それは刺繍の衣に金の糸にかざられ、霧が薄くかかり、雲淡くうかぶ官妓の望江樓にいたのだ。

花深柳暗,時節正是清明,雨初晴。

蜀の春は海棠の花が盛り、花影を作ると、官柳は濃く繁ってくる、春の時節はまさに清明の節句にふさわしい景色となる、細雨に柳が色濃くして、久しぶりにはじめて晴れてきた。

玉鞭魂斷煙霞路,鶯鶯語,一望巫山雨。

久しぶりに晴れてくれば、玉飾りのある鞭を手にした彼の人が所用でいない魂が霞がたちこめる路をすすんで行って断えてしまったことが思いだし、そんななか、春が終わろうとするのに、こちらの鶯とあちらのうぐいすが囀りを交わしている。とおく東の空を見渡せば巫山辺りには今日も雨降りつづいている。

香塵隱映,遙見翠檻紅摟,黛眉愁。

どんなに薫り高い花も散ってしまって塵になるものであり、隠れたり、華やかに照らされたりするものである、この街の南の遙かさきに翠の手すり、朱の高殿があり、そこには黛にも眉にも愁いをおびた官妓はいるのだ。

 

 

-29韋荘107《巻3-07 河傳三首 其三》 

『河傳三首其三』 現代語訳と訳註

(本文)

河傳三首其三・・・・・107

錦浦,春女,繡衣金縷,霧薄雲輕。

花深柳暗,時節正是清明,雨初晴。

玉鞭魂斷煙霞路,鶯鶯語,一望巫山雨。

香塵隱映,遙見翠檻紅摟,黛眉愁。

 

(下し文)

錦の浦に,春の女が,繡衣【しゅうい】金縷【きんい】を,霧 薄く 雲 輕く。

花 深く 柳 暗く,時節は正に是れ清明,雨 初めて晴る。

玉鞭 魂は斷ゆ 煙霞の路,鶯鶯の語,一望す 巫山の雨。

香塵 隱映し,遙かに見る 翠の檻【てすり】紅摟を,黛に 眉に 愁う。

 

 

(現代語訳)

(錦江のほとり望江樓に官妓として詩を作り、恋愛をした逸話から 其の三;海棠の花いっぱいの錦江のほとりに薛濤は春の歌を多くの詩人たちと和した、高官の男たちは、やがて去っていったが、官妓の薛濤は、いつまでも望江樓で春を詠った

錦江の流れ淵の畔、海棠の花いっぱいの春に魅せられた女がいたが、それは刺繍の衣に金の糸にかざられ、霧が薄くかかり、雲淡くうかぶ官妓の望江樓にいたのだ。

蜀の春は海棠の花が盛り、花影を作ると、官柳は濃く繁ってくる、春の時節はまさに清明の節句にふさわしい景色となる、細雨に柳が色濃くして、久しぶりにはじめて晴れてきた。

久しぶりに晴れてくれば、玉飾りのある鞭を手にした彼の人が所用でいない魂が霞がたちこめる路をすすんで行って断えてしまったことが思いだし、そんななか、春が終わろうとするのに、こちらの鶯とあちらのうぐいすが囀りを交わしている。とおく東の空を見渡せば巫山辺りには今日も雨降りつづいている。

どんなに薫り高い花も散ってしまって塵になるものであり、隠れたり、華やかに照らされたりするものである、この街の南の遙かさきに翠の手すり、朱の高殿があり、そこには黛にも眉にも愁いをおびた官妓はいるのだ。

 

 

(訳注 29韋荘107《巻3-07 河傳三首 其三》

河傳三首其三

34. (錦江のほとり望江樓に官妓として詩を作り、恋愛をした逸話から 其の三;海棠の花いっぱいの錦江のほとりに薛濤は春の歌を多くの詩人たちと和した、高官の男たちは、やがて去っていったが、官妓の薛濤は、いつまでも望江樓で春を詠った

35. 【解説】蜀の春は海棠の花がいっぱい咲く、杜甫も蜀の春の花が咲き乱れる様子をたくさん詩にしている。作者の韋荘は、その杜甫の浣花渓草堂を改築して澄んだとされる。杜甫は75912月に嫁浣花渓に仮住まいし、760年三月に「卜居」として草堂暮らしを開始して、765年に「旅夜書懐」と初句を後にした5年間、(内弟に留守させ1.5年蜀中転々)4たび春を歌い上げる作品を残している。薛濤は杜甫の5・60年後に、官妓として成都南の望江樓にいた。薛濤は西川節度使が管轄する官妓であった。「韋皐から李德裕までの歴代十一人の節度使に仕えて、詩によって知遇を受けている。その間に元稹・白居易・牛僧孺・令狐楚・裴度・嚴綬・張籍・杜牧・劉禹錫等、凡そ二十人の名士とも詩を唱和したとされる。

36. 【構成】『花間集』には韋莊の作が三首収められていて双調五十三字、前段二十五字七句三仄韻三平韻、後段二十八字六句三仄韻二平韻で❷❷❹④4⑥③/❼❸❺4⑥③詞形をとる。

韋荘105《巻3-05 河傳三首 其一》
   隋堤春  柳色蔥
畫橈金縷  翠旗高颭香 水光

青娥殿春妝 輕雲  綽約司花
江都宮闕  清淮月映迷 古今

     
  
  

   
  
 

双調五十三字、前段二十五字七句三仄韻三平韻、後段二十八字六句三灰韻二平韻で❷❷❹④4⑥③/❼❸❺4⑥③詞形をとる。

韋荘106《巻3-06 河傳三首 其二》

,風,錦城花滿,狂殺遊

玉鞭金勒,尋勝馳驟輕,惜良

翠娥爭勸邛,纖纖,拂面垂絲

歸時煙裏,鐘鼓正是黃,暗銷

     
  
  

   
  
  

韋荘107《巻3-06 河傳三首 其三》

,春,繡衣金,霧薄雲

花深柳暗,時節正是清,雨初

玉鞭魂斷煙霞鶯鶯,一望巫山

香塵隱映,遙見翠檻紅,黛眉

●●  ○● ●△○●  △●○△

○△●●  ○●△●○○ ●○○

●○○●○○● ○○●  ●△○○●

○○●●  ○●●●○○

●○○

 

温庭筠に『河傳』がある。双調五十五字、前段二十七字七句二仄韻五平韻、後段二十八字六句三灰韻四平韻で❷❷③⑥⑦⑤/❼❸❺③③②⑤

河傳

湖上、閑望。
雨蕭 煙浦花橋路
謝娘翠蛾愁不夢魂迷

蕩子天涯歸棹遠、春已語空腸斷。
若耶溪水西
不聞郎馬

  
  
   

   
  
  

(河傳)

湖の上り,閑かに望む。

雨 蕭蕭として,煙める浦に花橋の路遙なり。

娘 翠蛾を謝するは愁い消さず,終に朝なり,夢魂はの潮に迷う。

蕩子は天涯にあり棹して歸るは遠く,春 已にく,鶯語 空しく腸斷す。

若耶溪,溪水の西。

柳の堤,郎の馬嘶くも聞えず。

『河傳』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-49-2-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1812

 

錦浦,春女,繡衣金縷,霧薄雲輕。

錦江の流れ淵の畔、海棠の花いっぱいの春に魅せられた女がいたが、それは刺繍の衣に金の糸にかざられ、霧が薄くかかり、雲淡くうかぶ官妓の望江樓にいたのだ。

37. 錦浦 錦江のほとり。錦江は錦城(今の四川省成都)を流れる川の名であり、流れが緩やかであり、淵が多くあり、その有名な場所が成都南の万里橋の船着き場である。この近くに住んでいたのが、薛濤である。杜甫《野望》「西山白雪三城戍,南浦清江萬裡橋。」

野望 七言律詩 成都5-(35) 杜甫 <460  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2385 杜甫詩1000-460-671/1500

38. 繍衣金線 金糸で刺繍された衣服。

39. 霧薄雲軽 霧や雲が薄く淡く懸かる。本四字は、いずれの注釈書も衣服を形容すると解しているが、「繡衣」の形容をする意味がないのであり、誤りである。ここは「錦浦,春女」いる場所の状況をいうものである。錦江のほとりに立つ望江樓の形容であろうと考える。

40. 錦浦,春女「百花譜」 に「海棠は蜀に盛んにして、秦中これに次ぐ」とあり、海棠について詠ったものに薛濤の詞があり、蜀の春を詠っている。ここに云う春女は薛濤であろう。

薛濤《春望詞四首其一》

花開不同賞,花落不同悲。

欲問相思處,花開花落時。

春望詞四首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-142-14-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2257

 

花深柳暗,時節正是清明,雨初晴。

蜀の春は海棠の花が盛り、花影を作ると、官柳は濃く繁ってくる、春の時節はまさに清明の節句にふさわしい景色となる、細雨に柳が色濃くして、久しぶりにはじめて晴れてきた。

41. 清明 春分から数えて十五日目。二十四節気の一つ。現在の四月四、五日頃。

花深柳暗 成都の西に浣花渓・百花潭があり、そこに行くまでに、官が植えた柳の道がある。

玉鞭魂斷煙霞路,鶯鶯語,一望巫山雨。

久しぶりに晴れて、玉飾りのある鞭を手にした彼の人が所用でいない魂が霞がたちこめる路をすすんで行って断えてしまった、それでも、春が終わろうとするのに、こちらの鶯とあちらのうぐいすが囀りを交わしている。とおく東の空を見渡せば巫山辺りには今日も雨降りつづいている。

42. 玉鞭 玉で飾った鞭。ここではその鞭を手にした馬上の男を指す。元稹・白居易・牛僧孺・令狐楚・裴度・嚴綬・張籍・杜牧・劉禹錫等、凡そ二十人の名士とも詩を唱和したということ。

43. 巫山雨 男女の情交を指す。楚の懐王が高唐に遊び夢の中で巫山の神女と情空父わした故事にか基つく。

『望遠行』「欲別無言倚畫屏、含恨暗傷情。謝家庭樹錦鶏鳴、残月落邊城。人欲別、馬頻噺、綠槐千里長堤。出門芳草路萋萋、雲雨別來易東西。不忍別君後、却入旧香閏。」雲雨は男女の情交を指す。宋玉の「高唐の賦」の序に拠れば、楚の懐王は高唐に遊び、巫山の神女と夢の中で情を交わした。神女は別れに当たり 「私は巫山の南、高く険しい所におり、朝には雲となり暮れには雨となって、朝な朝な夕な夕なに、陽台の下におります」と言い残し去ったと言う。以来、雲.雨の語は男女の情交を指すようになった。

 

香塵隱映,遙見翠檻紅摟,黛眉愁。

どんなに薫り高い花も散ってしまって塵になるものであり、隠れたり、華やかに照らされたりするものである、この街の南の遙かさきに翠の手すり、朱の高殿があり、そこには黛にも眉にも愁いをおびた官妓はいるのだ。

44. 香塵 一般的には春になって、表土が溶け乾燥し、行き交う車馬、人の動きが冬と違う様子を云うが、ここでは行楽に①お香をたく。②春霞。③花がちり、④柳絮が飛ぶ様子をいうものである。そこにはやがて道路も乾燥し砂塵が舞い立つようになるのが春である。

45.  韋莊

836―910)、字は端己、京兆の杜陵(陝西省西安市の南郊)の人。中唐の詩人韋応物の玄孫で、宰相韋見素の孫。父母を早く失い、家は没落、貧に苦しんだ。五十代に入ってから、数年間、広く長江の中、下流域を渡り歩き、何度も科挙に落第した末、昭宗の乾寧元年(894年)、59歳でようやく進士に及第(高等文官試験)に合格し、校書郎に任じられた。66歳で四川省にいた王建が叛乱を起こしたので、朝廷では李詢を正使、韋荘を補佐として宣撫に赴かせたが、ほどなくして唐が亡び、王建が前蜀の帝を称えると、韋荘はそのまま王建に仕え、王建が前蜀王朝を建てるのに協力して、吏部侍郎・同平章事に任ぜられた。宰相にまで昇進している。前蜀の都は成都にあり、韋荘はその郊外の、かつて杜甫が住んでいた浣花草堂を修復して、自分の庵にした。温庭筠と並んで温韋と併称され、晩唐期を代表する詞人である。韋莊の詞は率直明快さを特色とし、『花問集』 には48首の詞が収められている。

 

46. 薛濤

768 - 831年)は中国・唐代の伎女・詩人。魚玄機とならび詩妓の双璧と称される。長安の出身(一説では成都とも)。父の赴任とともに蜀へ移り、145歳の頃に任地で父が亡くなり178歳頃までに楽籍に入った(伎女となること)。

薛濤は西川節度使が管轄する官妓であった。「韋皐から李德裕までの歴代十一人の節度使に仕えて、詩によって知遇を受けている。その間に元稹・白居易・牛僧孺・令狐楚・裴度・嚴綬・張籍・杜牧・劉禹錫等、凡そ二十人の名士とも詩を唱和したとされる。また薛濤が詠じた詩は、『稿簡贅筆』には「有詩五百首」とあるが、現存しているのは約九十首である。

 

47. 薛濤井について
唐代の女流詩人薛涛にちなんで清代のはじめに造られ、成都の南部を流れている錦江のほとりに位置している。
薛涛は西暦770年に成都で誕生し、この地で父をなくし、楽妓に身を落すことになりました。しかし、詩才に富んでいる彼女は数多くの名詩を残して唐代一の女流詩人と称えられました。晩年彼女が水を汲み、詩箋(しせん)を作ったといわれる井戸が公園内にあります。詩箋が美しく明代に皇帝への貢物ともなったことから「薛涛井」としての名も広まりました。
薛涛は生涯を通じて竹を愛し、竹を広く植えることで竹を敬う気持ちを表した。彼女だけではなく、竹は昔から文人墨客が欠かしてはいけないものとして珍重されてきたものである。常緑植物として一年中生気に満ちていることから、中国では頑強なことのシンボルとなっている。常に天に向かい聳えたっているので、粘り強く向上心のあることに喩えられ、根がしっかりはっていることも自制心を持っている喩えとして賛美されている。
現在の望江楼は竹の公園として国内外の観光客を引き付けている。正門に入り、まず目に入るのは道の両側にびっしりと植え込まれている各種の竹である。130余りの種類があり、中国内で竹の品種の一番多い公園となっている。
公園の南西に立っている四層の建物が望江楼で、「崇麗閣」ともいい、下の二層が四角、上の二層が八角の楼閣で、そりかえった屋根は実に優美さを感じさせている。

 

 

春望詞四首  

〔一〕 
花開不同賞,花落不同悲。
欲問相思處,花開花落時。
花さく季節が来ました。でもこの同じ場所で同じときに観賞することはないのです。花が落ちる季節になってもその悲しみを一緒にすることはないのですお聞きしたいことがあります。あなたがわたしのことを思ってくださる場所のことを。それがわかったら私がその場所に飛んで行って花さくときから花が散る時まで一緒に過ごしたいと思います。
 〔二〕 
草結同心,將以遺知音。
春愁正斷,春鳥復哀吟。
行楽を愉しむ中、二人で声を上げてたくさん草をとり、それを愛のあかしとして「同心むすび」にむすぶ。
まさに客とそれをしたことで恋しい人への思いをふと忘れ得たような思いがするのです。女の春の愁いというものはそんなことでも断ちることになるのです。春に盛んな鳥が啼くと、おんなにとってはまた悲しそうな聲でさえずっているように聞こえてきます。
 〔三〕 

風花日將老,佳期猶渺渺。
不結同心人,空結同心草。
春の日は終わろうとしている。風流な風も、行楽の花も、女もおいてゆく。又逢うことのお約束今なお、遠いぼんやりしたままなのです。心が通い合っているあの人とは結ばれることはなかった。でも、空しいことは、あのとき、誓い合って結んだ「同心むすび」の草を今一人で結んでいることなのです。
 〔四〕 
那堪花滿枝,翻作兩相思。
玉箸垂朝鏡,春風知不知。

枝もたわわに咲いている春の盛りの花を見るのはもうとてもたえきれない。だから、花は見たくないと背を向ける。まだきっと両方で恋しあっているはずなのです。鏡にあの人からもらったきれいなカンザシが鏡の中で光っている。春風は知ってか知らずか、カンザシをそっと揺らしてゆくのです。 
スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment

テンプレートに関するご質問・不具合のご報告の際はご自身のブログアドレス記載必須です
ご質問の前に必ずお読みください ↓
FC2テンプレート ご利用時のお願い